すり鉢


「おにぎりを握ったことのない若い女性がいる」・・・・ということよりも、「家庭にすり鉢がない」ということのほうが信憑性があります。


料理熱心な奥様(ご主人)でなければ、お宅にすり鉢がなくても不思議ではありません。


私ン処にやってくる若い新人でも、最初からすりこぎが難なく回せる者はほとんどいません。


昔はお母さんのお手伝いですりこぎを回さされたものでした。今では子供に料理の手伝いをさせない以上にすり鉢、すりこぎが家庭にないのだと思います。


私の修行時代、3年目の私の大事な仕事は毎朝のすり鉢仕事でした。


立て板(調理場現場のトップ)の横に立ち、その日のすり鉢仕事の段取り、スリの仕事をすべてこなします。


当日の献立を検討して、献立に沿ったすり鉢仕事の材料、調味料をすべて揃え、擂る順番を考えて立て板が調理場に入るまでに仕事がスムースに進むように段取りを整えます。


朝の機嫌が悪い立て板が出勤した時には、「○○はどうしたんや!」「○○が用意してないやないか!」「○○の段取りを忘れとるやろ!」と怒鳴られないように、立て板の今日のすり鉢仕事をすべて把握し置かなくてはいけません。


その後は、立て板がすり鉢に入れる材料を次々に擂るだけです。


椀たねの鱧のすり身、胡麻豆腐、黄身酢等等等・・・・大概一時間半から二時間は擂りつづけたものです。


すりこぎの回し方にもこねるもの、混ぜるもの、擂るものそれぞれに違う技術があって、熟練者がきれいに回しているそれぞれの回し方のリズミカルなのはそれは見事なものです。


私も丸々一年、毎朝やれば上手になるのは当たり前で、すりこぎ回しの技はプチ自慢の一つでした。


というわけで、調理場ではすりこぎを使わない日はない・・・・といいたいところなのですが、最近はそうでもありません。


業務用のスピードカッターという便利な機械が出てきたのです。


「そんな機械ではうまくいく分けない」などという意固地な職人魂など欠片も持ち合わせない私など、すぐにこの機械に飛びつきました。


細かくする、混ぜる、ミンチするの作業についてはこれほどうまくできる機械はありません。おかげで仕事時間が短縮した上に、熟練が必要ではなくなりました。しかしながら、私が身につけた熟練の技は若い者に自慢できなくなっちゃいました。そんなもの必要なくなってしまったのです・・・・ちょっと辛い。


ただし、擂り潰すという作業は未だにすり鉢でなくてはなりません。今の時期の蓼酢の蓼を擂り潰したり、胡麻を香りよくするつぶすにはやっぱりすり鉢が必要です。


以前は1.2m近くある長いすりこぎが一年で半分になったのに、今では5年たってもまだ使っています。時代の流れなんでしょうね。