怒られ易い?


スター・ウォーズ エピソード2」を見てきました。


良し悪しの議論は様々あるようですが、私はルーカス作品というだけで文句なく好きです。


前四作に比べてどうだとか、ストリーの展開がどうかとか、CGがどうだとかいう話は評論好きにさせておけばよいのです。四半世紀に渡って一大叙事詩を創作し続け、最先端の技術を開発しながら映像化してきたという事実は、映画史上空前の試みです。それを常にリアルタイムで見つづけていられることがなんとも幸せなことではありませんか。


考えてみると、映画が好きになったのが十代後半の学生時代。当時は学生がロードショーで新作を見るなど贅沢で、三本立て三百円で少々古い映画を見まくるころから映画三昧が始まりました。板前修業を始めて、お小遣い程度の薄給とはいえロードショーを見られるようになった頃、ジョージ・ルーカスの「スター・ウォーズ」、スティーブン・スピルバーグ未知との遭遇」、少ししてリドリー・スコット「エイリアン」が封切られ、新進気鋭の若手監督の瑞々しい感性と、七面倒くさくないエンターテインメント、緻密な映画作りに驚きを感じたものです。


それから20数年、彼らはずっと最先端を走りつづけ、それを追いかけるように映画を見続けています。各世代の映画ファンにアイドルがいるように、私にとって時代を共に生きている感覚のあるアイドル(監督)はルーカスであり、スピルバーグであり、リドリーであって、彼の作った映画であれば良し悪しに関わらずすべて受け入れてしまうのです。


それにしても、今回の「エピソード2」の印象は「怒られるアナキン・スカイウォーカー(後のダース・ベーダー)」です。潜在的な高いフォースがあるのに、というよりあるが故に「それではいかん」「そんなもんじゃない」「そんなことでどうする」と師であるオビ・ワンに小言を言われつづけます。


私も若い頃からよく怒られました。怒られやすいのか、打たれ強いのか、ただひたすら才能がないのか。ああだ、こうだと怒られ続けました。


最近なって歳をとったというだけでやっと少しは怒られる事が少なくなってきたような気がします。ふり返ると小言のように怒られて成長していくなんてことはあんまりなくて、褒められて調子にのるほうが多いように思います。大体、小言の多い人に優れた資質のある方など少ないわけで、「世の中そんな甘かぁないぞ」とか「お前は何にもわかってない」とか「人生そんなもんじゃない」などと人生訓を垂れた人に尊敬するような方は誰もいませんでした。


自分がそういうことを言ってしまいそうないい年になってみても、やっぱり「怒る人」「小言を垂れる人」にはなりたくないものだと思うのです。「スター・ウォーズ」を見ながら思いにふけることじゃないけど。