ラーメンと汁そば


有名ホテルの調理長から独立されたその中華料理屋さんは、ご夫婦だけで切り盛りされるこじんまりした店です。


夜はお任せのコース中心で、一皿一皿が確かな自力を感じさせてくれる美味しさです。生意気を承知で言わせていただければ、宴会料理からお手ごろランチまで、様々な献立と大きな人数に対応しなければいけなかったホテルの時代よりも、遥かに個人の能力を発揮していただけて私にはより好ましく思えます。


オーソドックスなものは頑固なほどにオーソドックスに、シンプルなものはどうシンプルだと説得力のある美味しさになるかをわきまえて、単純に素晴らしく美味しいものに、きちっと手をかけていらっしゃるのだろうな舌に感じられる料理です。こういう料理は深い経験と確固たる見識を持ち合わせないと作れないことが、同じ職人としてよくわかります。


「中華料理=炒める」という図式など微塵も感じさせない様々な皿を頂戴して、締めくくりはチャーシューが二枚と少量の刻んだ白葱だけのった実にシンプルな汁そばでした。


家族全員が汁一滴残さずに飲み干して「美味しいですねぇ。ラーメン一杯でこだわりと称してメディア中心に大騒ぎする方々に食べさせたいです」と私。


「おかげと電話などでいろんな取材があるみたいなんですが、いつだったか、いろいろ質問した記者が”ところでラーメンはどういうのがあるんですか”と聞いて、主人が”うちには汁そばはあるけどラーメンはやってません”って怒って電話を切っちゃったんですよね」とコロコロ笑って奥様がおっしゃいます。


ラーメン専門店の、スープには○○の水を使用してトンコツ、鶏がら、鶏もみじ、鰹節、宗田節、飛び魚、昆布5種類、野菜各種、干し椎茸、干し貝柱などなどなどを最低15時間は煮込み、塩は○○、醤油は○○を使っています。麺は日本中を二年間かけて探し回り、茹で上げ、湯きりの技術はカクカク云々で、チャーシューは○○産黒豚を○時間かけて煮込んでいます。こだわり、秘伝、門外不出・・・・。


などという複雑怪奇な、マスコミと素人グルメに煽られたラーメンより遥かにシンプルで美味しい。


きちんと手間をかけた当たり前のスープと、それに会う極細の玉子麺、オーソドックスな手法で焼かれたと思われる焼豚と極細く刻まれた白葱。全部が調和すれば、足して足して足したことで食べ手と一緒に自己満足に陥りそうなラーメンとは別次元の品物になっています。


長い年月の修行を経て得た、気が遠くなるほどほど奥が深い中華料理の技術と見識を、ラーメンと同じ土俵で評価してくれるなという意識がおありなのだと思います。


ラーメン屋さんそのものを決して見下しているわけではなくて、それを取り巻く環境がいびつなことにストレスを感じる私としてはすごくわかるような気がします。