好きなもの


魯山人の著作の中に「好きな食べ物は何か?と問われて、"魚です"というようなヤツはいい年をしてアホである。"どこへ行くの?"といわれて"あっち"と答える子供のようなものだ。鯛なら鯛。平目なら平目と答えるべきである」と書かれたものがありました。


独善的な物言いはいかにも魯山人らしいと思うのですが、「好きな食べ物は?」と問われるとはたと戸惑ってしまうことがあります。「何でも好き」といったら怒られるかもしれませんが、職業柄なのか本当に何でも美味しく食べられるから困ります。思い浮かべても嫌いなものが出てきません。かといって、これさえあれば生きていけるというほど情熱を燃やす物もないのです。


子供の頃は頻繁に食べさせてもらえなかったせいか、ともかく牛肉、ステーキでした。「ステーキ」というのはまさに「ご馳走」の代名詞でもあった時代でもありました。500gくらいの肉の塊を食い尽くしてみたいものだと思っていました。今はそういう憧れるような食べ物への強い執着心がなくなってしまったのは悲しいことかもしれません。


今、強いて好きなもの・・・・というより食べたいと思うものは、作り手の強い意志を感じさせてくれる一皿とか、素材の自己主張を感じられる一皿です。そういう一皿に対する感性だけは妙に鋭くなってしまっていて、その一皿にはなかなか出会えないという意味でも不幸なのかもしれません。そういう一皿を作って、自分の意志を皿に反映させ、理解していただかなくてはならないというのは、選んでしまったとはいえ重い職業です。いい歳して今ごろ気づいてるんですね。はぁぁぁ。