葬式の音楽


あなたならご自身の葬式の時にどんな音楽を奏でていただきたいと思うでしょう。友人からそういう質問がありました。


こんなことを考えるのはよほどの音楽好き、しかも生前にそういう意思を伝えられる死に方をするというのは幸福な死であると言えます。


私の友人はある方の葬儀に、ラベル「ボレロ」がかけられていたのが印象的だったと語ってくれたことがありました。一般的に考えて「ボレロ」が葬式の音楽にふさわしいかどうかは別問題として、亡くなった方の生き方と嗜好が人生の最後までしっかりと表現されているようで私にはとても好ましく思えました。


ふさわしいという意味で考えると、ベートーベンの三番の中の葬送とか、チャイコフスキーの悲壮の一部とか・・・・私の父の葬儀には、友人の薦めでベートーベンの9番 第三楽章の一部をかけていました。


クラシックには死者を悼むための音楽がたくさんあります。


私でしたら武満徹の「波の盆」です。


ネットで検索をしてみると、ヒーリング・ミュージックとして一部で人気があるようなのですが、ヒーリングなどという手段として使っていただくにはもったいないほど素晴らしい音楽です。


「波の盆」はTVのドラマのための音楽です。


昭和58年、今では考えられない西武一社提供で21:00-22:00までの単発二時間ドラマ。


脚本:倉本聡
監督:実相寺昭雄
音楽:武満徹
指揮:岩城宏之 東京コンサーツ
出演:笠智衆 加藤治子 中井貴一 石田えり 伊藤四郎


錚々たるメンバー。


30年近い前でも資料を調べなくてもこのくらいのことははっきり覚えている、いえ忘れられないほどいいドラマでした。


TVにまだ初期の頃からの志があった頃、創造することにあきらめがなかった頃のお話です。


ドラマとしての素晴らしさが印象に残ったのはもちろん、なにより武満の音楽に惹かれました。圧倒的に惹かれました。


TVのドラマにこれほど芸術性の高い響きを聞いたのは多分初めてだったと思います。


その音がどうしても忘れられなくて、レコード屋さんで探しまくりました。が、今のように情報検索が容易でない頃のことですので見つからず、一年程が過ぎました。


何かの時に普段は覗かない西武デパートのレコード売り場を物色していると、「波の盆」サウンドトラックがあるではありませんか。当時、西武系列にWaveという音楽発信源があって(今でもあるのでしょうか)そこだけで販売されていたのです。


それ以後、ドラマは再放送されることはなくても、サウンドトラックだけは私の愛聴盤となりました。


もし私の葬儀で大好きなこの曲が流れていたら、参列の方々は死者は家族をはじめまわりの人々の愛情に包まれた幸せな一生を過ごしたのであろうと想像してくれると思います。


少なくとも私は「波の盆」の響きの中にそれを感じています。


たとえ今この瞬間に事切れたとしても、間違いなく今の私の心情を表しています。そういう音楽です。