名演その7


中学から大学まで音楽はジャズ一辺倒でした。


大学でフルバンドに所属して、それまで六年間手にしていたトランペットは、周りの同じ新入生の余りのすごいテクニックに恐れをなしてあっさりと諦め、やってみたいと思っていたベースを習い始めました。


幸運にも初心者にもかかわらず、数多くのライバルを尻目にレギュラーになれたのはいいのですが、独学でやっていたベースでは先が知れているとプロフェッショナルのベーシススト池田芳雄さんに師事しました。


池田さんは渡辺貞夫さん、日野皓正さんのグループなどで活躍したベテランです。


レッスンに行き詰まったある日、池田さんが「うーーーん、どうもよくないな。カザルスの無伴奏でも聞いてごらんよ」と。


で、
聞いてみたパブロ・カザルス「バッハ無伴奏チェロ組曲」は衝撃的でした。


ジャズの即興性に対して、クラシックは譜面を突き詰めて正確に演奏するものと思っていた若輩の私には、カザルスの譜面上ではとても割り切れない、気迫に満ちた気持ちが音にビシビシ現れてくる演奏は驚きでした。


池田さんの言わんとした気持ちを音に込めるという意味が、最初の四小節で目の上のウロコが落ちるように理解できました。


このバッハの名曲はカザルスが若いときに古本屋で発見し、世の中に存在を知られなかったものを十数年暖めつづけて披露したものです。その当時の正統とされるチェロの演奏方法では弾きこなすことさえできない難曲で、カザルスの革新的演奏法がなければ完成されなかったと聞きます。


それからは、熱にうなされたようにカザルス、カザルス、カザルスです。


テクニックに磨きにかけること以上に、一音一音に気持ちを込めること。


サド・ジョーンズ”A CHILD IS BORN”の最初のB♭の一音が自己満足の世界では変わってきたような気がしたものでした。


その後に聞いた、ミーシャ・マイスキー、ヨー・ヨー・マ、ロストロポービッチ、すべての巨匠と呼ばれるチェロ奏者が神に捧げるように弾く無伴奏チェロソナタはどれも素晴らしい。魂を感じさせる演奏を聞いてみたい方は是非一聴を。