食べない人


料理屋に来ても料理を食べない方がいらっしゃいます。


不味くて食べない場合。これはどうしようもない私の責任ですから、お詫びのしようもありません。修行不足です。


好き嫌いがあって食べられない場合。大人数の宴会では無理ですが、少人数であれば、好き嫌いをお伺いするようにしますし、お得意様は把握していますので献立をたてる時点で考慮します。


お酒を飲むと食べられなくなる場合。食べ具合と飲み具合を見ればすぐにそういう方はわかりますから、お料理を途中で止めてしまって、お酒中心に切り替えてしまうこともあります。それでも、「お前ン処へ来ると俺はこれでも食べるほうだよぅ。他じゃ全然食べないんだから」と嬉しいお言葉をいただくこともあります。


一番困るのが、食べもしない飲みもしない方。かといってお話に花が咲くでもない。熱々をお持ちして「さ、お熱いうちにどうぞ」と申し上げても、蓋をとって差し上げても箸をすぐにはつけて下さらない。次の料理を運ぶ頃やっと前の冷めた料理に口をつけ、必ず一口二口分は残してある。無理にお皿を下げるわけにはいきませんから、折敷の上にはすべての皿が並んでしまいます。正直言って口をこじ開けて放り込んでやろうかと思います。


なにか料理法に問題があったか?・・・同じ料理を隣のお部屋では、きれいに即召し上がっていただきお褒めの言葉も頂戴していますから、とんでもなく不味いものをだしているとも思えない。


ご機嫌を損ねることでもやらかしたか?・・・サービススタッフにも私にも思い当たる節はない。


心配に心配を重ねても理由が見つかりません。


きっとこういう方は食べることに興味がないんだろうと思うことにしました。料理屋に来て安くはないお値段を支払って食べようとしない、って信じられないと思われるでしょうか本当にいらっしゃるのです。もっともご本人の自腹であることはほとんどないのですが、それでも、ごいっしょに召し上がっていらっしゃる方との雰囲気は最高にはなりません。


高級フラン料理店などにいったらこういう方はどうするんでしょう?同じようにテーブルの上にちょっとづつ残ったお皿が並ぶんでしょうか。


先日結婚記念日でお見えいただいたお得意様。
「気の合う友達とも来るし、接待でも使わせてもらうけど、カミさんと食べるのが一番美味いなぁ。食べるペースが同じになってるし、話も一番楽しいから」とおっしゃいました。


いいご夫婦です。


お料理を食べるとき、お話や食べるペースまで、お互いをそれとなく気遣うことが自然にできる方は食べる達人です。


そういうお客様で満席になっているときは料理屋も華やぎます。そういうお得意様に恵まれてはいるのですから不満を言ったらバチがあたりますが、食べないお客様さえはっとするほど美味しい物造りたい。