A.I.


「なぁんだ。ピノキオのまねっこじゃん」


ストーリーを知った時思ったのが、実際に映画を見てみるとそう言うもんではありませんでした。


スピルバーグが撮ればまねっこはピノキオへのオマージュと呼びます。


映画の最初のクレジットが出るまで知らなかった故スタンリー・キューブリクとの関り。


もともと「A.I」の原作となる小説の権利を獲得し、映画化の構想を長い間暖めてきたのはキューブリックだったのだそうで、生前からキューブリックスピルバーグの固い信頼関係が「お前が監督をやれ、俺がプロデュースをする」というところまでいっていたでした。


実際数百枚のキューブリックの絵コンテもあって、遺志をを継いだスピルバーグは映画の公開は2001年しかないと決めていたのだインタビューに答えています。


そういう堅固な土台をもった映画が悪いわけはありません。


撮影、美術、特撮、音楽、編集もちろん監督と役者。


全員がこれまで獲得したのオスカー並べたら、さぞかし壮観だろういうほどのスーパー職人集団が、渾身の力を込めて作り上げています。


「職人を超えて芸術家になるのだ」という黒澤明の言葉通り、ピノキオのまねっこは各所にたくさんの意味を込められたオマージュとなり、「母への愛情がロボットを人間に」などという紋切り型ではとても割りきれないほど複雑な心理を描き出していました。


愛情は嫉妬と裏腹であり、愛は数千年の時を超えて永遠である・・・・


私などが言葉にしてもも映画で語られる「愛」の数百分の一しか伝わりません。とても頭の中でまとめられません。


板前は「愛」を語るにはまだまだ未熟で薄っぺらな若輩なのであります。


ああ、