お得意様


あるお得意様の傘寿(80歳)のお祝いがお座敷で行われました。


その方のお父様の時代からかわいがっていただいて、親から子へ四代のお付き合いのこれ以上はないお得意様です。


ご本人夫妻、兄弟、子供夫妻、孫、皆さんが集まって、芸者衆が入り、三味線が爪弾かれ、興に乗ってご本人も端唄を歌われる。


なんたって、兄弟全員で小唄を合わせて歌うことができちゃうのです。


「子供の頃から三味線を自然にさらっていたから」なのだそうで、素養として歌を身につけているのは今の時代から見ればすごいことです。


芸者衆を男たちの宴会の道具としてではなく、座持ちと芸のエンターテナーとして接することが、おじいちゃまから孫まで違和感無く染み付いています。ですから、誕生日に一族が集まる席に芸者衆がいることが全くおかしく感じられません。


私の祖父が亡くなったとき、このおじいちゃまが、ご自分の結婚式の献立を持って来てくださいました。祖父が書いた献立で実際に調理され、巻物に仕立ててある戦争直後のものです。「私が持っているより記念になるでしょう」と。


こうした家長を中心にした綿々と受け継がれる一族と、長いお付き合いをさせていただいていることは、料理屋冥利に尽きることです。料理よりお酒よりこれこそが私ン処の自慢です。