しきたり


10〜15年ほども前のことでした。


結納でお越しいただいたお客様から「こういうときは席はどういう風に座るものなんですか?」と聞かれました。


明らかに私よりも年上のお父様からです。


とうとう聞かれる年齢になったか。。。と愕然としました。



私の世代は、まだまだ世の中のしきたりに縛られて節目の行事をこなした経験がありますので、「結納の時はこういうもんです」「結婚式の時にはこの点に注意して」「葬式の段取りはこうあるべきです」


冠婚葬祭はもとより、各節会、子供が生まれれば、お七夜 お食い初め お宮参り 七五三


誰と誰に声をかけて、お祝いの段取りとお料理 ご挨拶に伺う時の手土産


などなどなど、家庭環境の違う男女が一緒になって生活するだけでなく、両家の家と家のしきたりが、地方によっても、家庭の懐具合によっても様々なのですから、折り合いをつけるのはそりゃぁ大変なのです。


団塊の世代以降は、自分たちが大変だった分子ども達に「そんな細かいことはいちいち気にしないで、若い人たちのいいようにすればいい」という風潮が次第に強まってきましたから、私たちよりも下の世代では、親から伝えられるしきたりに縛られることは少なくなってきたのです。


その代わりに、親世代はしきたりを知らなくなりました。


最初に話題にした結納で、座る場所とか挨拶の順序、口上の決まり文句、勘定をどちらが払う。。。など、私には知っていて当たり前のことを親世代(私の世代も含めて)は知りません。


両家が気にしなければ問題はおこらないのですが、しきたりがしきたりとして伝えられたのは、物事をスムースに運ばせるためでもあったのだ。。。と気づいたのは50歳も過ぎた頃でした。


私自身、面倒くさい 好きにやらせてくれと思っていたことも、親世代になると、当時の親たちの気持ちが理解できるようになってしまうのですね。



たとえば、葬儀で「戒名不要 葬式無用」といってなくなっても身内だけですべてを済ませてしまうのは颯爽としていて美しく感じるのですが、実際には身内以外でも故人にたいして思いのある方は、遺族にあってお参りをしたくなるのも当然で、それらを一気に済ませてしまうのが葬式の形式な訳です。つまり葬儀で一切を一気にすませたほうが遺族はずっと楽だったりするのです。


伝えられるもの しきたりにはそんな側面もあります。



さて、親たちが何も知らなくなり、若い世代は解放されたか。。。というと、たとえば子供ができれば、せめてお宮参りは、せめて七五三はきちんと。。。と思うと、今度はnet情報にたよる時代に入っています。


ご存じのようにnetの情報は有象無象も含めて様々ですの、かえって振り回されることもあるのかもしれません。親から聞いてその通りにやる方が気楽とも考えられたりして。。。



時代は行ったり来たりを繰り返すのですね。