年長者への尊敬


「こりゃぁ、俺に出す平目じゃぁないだろ」


若い時分に、ある地位も名誉もある年配のお客様に言われたことがあります。


ドキドキしますよねぇ。恐れ入っちゃいます。一週間は落ち込んでもおかしくはありません。


実際、15年以上も前の話なのにくっきり覚えているというのはショックも大きかったゆえです。



しかしながら、今になって振り返ってみると、あのときお出しした平目はその日、この土地の最上級、〆具合、身の厚さも旨味も申し分なかったはず。職人としては胸を張って、心の中で「これがわからないんじゃぁ仕方ないなぁ」と思いつつ、「お口に合いませんでしたか。もうしわけありません」と言っておけばよかったことでした。



昔から、(今でもそうですが)年長者に対する尊敬の気持ちは常に持っていますし、社会的な地位や名誉を得た方を敬う気持ちも人並み以上に強い方です。ですからいわゆる「偉い方」、目上の方にヒトクサレ言われてしまうとがっくり肩を落としてしまってきたのですが、自分自身がいい歳になってみると、年長者がすべて歩んだ年月だけ経験豊富で年少者よりも優れているわけではなく、社会的な地位があるから、財産をたくさん勝ち得手いるからといって、自分よりも深い知識と、人を魅了する人柄、美味しいモノを理解する能力を持っているわけでは全くないのです。


わかりきったことなのに、そういった方独特の上から目線に惑わされてしまっていただけなのですね。



きっと、間違いなく、若い職人さん達も同じような目に遭うことがあるでしょう。


でも、落ち込むことはないのですよ。


本当に年齢の分だけ豊かな人格を育み、社会的な地位が高い分だけ人を包み込む能力を得ている方は、板前風情を意味なく落ち込ませるような態度をとらないものなのです。


ものの味を深く知り、料理人の仕事をよく理解できる経験の豊富な方であればあるほど、職人の力を引き出す力に長けているものなのです。


ちょっと頭のいい方ならわかりきったことを実感として理解できるまでに長ぁぁい時間がかかちゃったなぁ。