酒造りの迷信その2


いい酒はいい米から。


当然です。料理もお酒も素材がよくなければ決して美味しいものはできません。素材を技術でカバーするというなどと言う事こそまさに迷信で、どれほどの技術があろうと悪い素材はカバーする事がきません。


お酒造りに適した米は、食べるのに美味しい米とは別に存在することはご存知かと思います。食べておいしいお米の産地が酒米に適している地であるとは限りません。吟醸酒を造るために最適といわれる心白の大きな山田錦兵庫県が最上と言われています。特に吉川町とか東条町など特A地区に指定されている場所の山田錦は全国の蔵がこぞって使う酒米です。試しに酒屋さんで一番いいお酒(高いお酒)のラベルと覗いてみてください。おそらくそういう酒の8-9割は「酒米 兵庫産山田錦」と表示されていると思います。


ですから、静岡であろうと石川であろうと新潟であろうと、蔵の最上級、鑑評会出品酒に使われるようなお酒の酒米は地元で取れるお米ではないことが頻繁であるのです。昔であれば米の産地と蔵は直結していました。輸送手段も流通も情報も今とは比べ物にならないのですから地元の米で地元のお酒を造るのが当然であったのです。「米処には美味しいお酒」は昔は当然のことでした。


しかしながら、今の時代は全く違います。酒米にたいする考え方はさらに柔軟にグローバルになっています。


例えば山形の「十四代 高木酒造」さんは最上の酒を兵庫の山田錦 同じく兵庫の愛山 岡山赤磐の雄町、広島双三の八反錦、地元山形の龍の落とし子をはじめ出羽燦々、酒未来などで造っていて、素材を得るためには地元だけには全くこだわっておられません。


例えば「プロジェクト東条」という試みもあります。山田錦の名産地兵庫でも後継者に悩む農家さんが廃業され、残った田んぼを志のある蔵が協同で買い取って蔵が兵庫で米つくりをしているというプロジェクトです。これに参加する蔵は当然のようにいい酒を常に追い求めていらっしゃる蔵ばかりです。


例えば静岡 藤枝には「喜久酔 青島酒造」さんの松下米という試みがあります。藤枝地元の篤農家松下明弘さんが自ら丹精こめた山田錦を青島さんに持ち込み「これで酒を造ってください」と。その高い品質に、青島さんはこの米の精米だけは別に山形へ持ち込んでいると聞きます。松下さんの田んぼにはその区画だけかえるやトンボが帰ってきました。蔵元青島さんは暇さえあれば松下さんの米造りのお手伝いをしているそうです。喜久酔純米大吟醸の最上には「松下米」の文字が入り、農家さんと蔵元の良好な関係を示しているのです。


例えば、静岡 焼津の磯自慢では、山田錦を兵庫というだけでなく、さらに限定して東上町秋津地区の「古屋」「常田」「西戸」と三つの田んぼを分けて使い、日本酒もテロワールの時代であると語ります。


例えば大阪能勢の「秋鹿」さんは自社畑嘉村壱号田で自ら山田錦を栽培し、ラベルにはその風景のイラストが素敵に描かれています。「大阪で山田錦?」と思ったら大間違い、能勢は兵庫との県境の山の中、山田錦の栽培には最も適した寒暖の差のある山中であるのです。


最上の米を得るために地元にこだわらないのはもちろん、自蔵で米の栽培を手がけようという蔵は近頃益々増え、地元契約農家に稀少な品種の栽培を委託する蔵まで、いい素材(酒米)を入手、栽培するための努力は様々に行われているのが日本酒の現状です。さらには県ごと試験場では酒米の新しい品種の改良に余念がありません。



素材をとことん突き詰めようという志の高い蔵にとっては地元も大事ですが、そこだけにとどまらない試みを次々と推し進めているのです。



「米どころだからいいお酒ができる」は間違ってはいないのですが、米どころでない地でもいいお酒は間違いなく造られ始めています。