とうちゃんかぁちゃんの控えめな心意気


豊橋の郊外、立地条件や店構えで客をよべるようなところでは決してない場所に、先日この日の日記で紹介した「里弄(リーロン)」さんがあります。


修行時代から知っているご主人はしゃべるときも消え入りそうに静かで謙虚に、華やかさのある奥様も料理の説明をするときには控えめで決して押し付けがましいところがないのが、店の佇まいとまったく一緒です。そう、まさに「佇まい」というべき存在感で店はあるのです。


メニューには「えびちり」「黒い酢豚」「麻婆豆腐」といった定番も書かれているのですが、この店でそれらをしか注文しないのは「愚」です。黒板メニューには控えめなご夫婦とは対照的に彼らの自信が溢れています。「今日はこれを召し上がってください!」というおおらかな主張に、客は「あれもいいけど、こっちも食べたいしぃ・・・でも全部じゃぁお腹いっぱいになっちゃうなぁぁ」とワクワクするのです。


案の定出てきた中華風のお刺身は、鰈の大きさと身じまり、熟成具合がベストであるし、金華豚はフレンチの熟練シェフのような火通し、車海老も一黒しゃもも素材感と火入れ、味わいのバランスが見事です。宮城産の牡蠣のニンニク蒸しはぷっくりとした仕上がりで、「この牡蠣のエキスの入った汁を白ご飯に」とご飯をお願いすると、添えられたスープに店の全体像が見えました。


「神は細部に宿る」とはあらゆる分野で語られます。日本料理でもお椀の汁はもちろんのこと、赤だしの葱の切れ味、漬物の盛り付けの清廉さをみれば店の姿勢はおおよそ判断ができます。それらに潔さがある店はあらゆる部分で筋が通っているものです。


中華ではもっとも基本になる白湯、チャーハンにもついてくるこれの味わいが主人の技術を物語る・・・というと、ちょっと食通っぽくでイヤミですが、リーロンさんのスープは一口で「ああ、この人の料理は間違いない」と気持ちを引き寄せられました。しつこさのないさわやかな舌触り、塩を感じさせない微妙な味わい・・・・ほっこりした美味しさは和食でさえ学ぶべききっぱりとした美味しさを秘めています。こういうスープを味わうと巷で流行っている秘密の具材を「足して足して足して」濃厚なのにさっぱりを標榜するラーメンには目が向かなくなります。修行を積んだ職人がそぎ落としてそぎ落として到達するスープのなんと美しいことか。


後半に出てきたキノコの麺はこのスープを使っているのですから間違いない上に、食感が抜群の手打ち玉子麺。チャーハンも焼き豚が焼き豚として主張している王道の定番。


万事が控えめなご夫婦が作り出す料理の世界は自信に溢れた心意気が現れていました。街場の正しいとうちゃんかあちゃんの中華料理店が近所にある方々は幸せです。