職人仕事


東京へ食べに出かける時には、昼食であっても「絶対はずさない美味しいものを」と、イタリアン、フレンチ、コースで頼むしっかり二時間はかけて食べるような店を訪れることが多くなってしまいます。とはいえ、この二三年はそうした贅沢な東京行もめっきり減ってしまっていて仕事にばかりかまけていました。


先日腰痛治療のために久しぶりに東京とんぼ返りをした日、ちょっとしたお昼を・・・と淡路町「とんかつ やまいち」さんへ出かけました。


信頼するグルメサイトを主催する方はもれなく「お奨め!」といい、店のお得意様にも太鼓判が押されていたとんかつ屋さんです。東京でとんかつ・・・20年近く前に上野御三家を巡った時以来かもしれません(ああ、そうそう、銀座「とん喜」さんには何度か伺っていました)


お店は15人も入れば満席という小さな席数、職人っぽい寡黙なご主人が揚げるとんかつは想像以上に素晴らしいものでした。奇をてらわないまっとうなとんかつではこれまで食べたNO.1といってもいいでしょう。


ふんわりしっとりとしたパン粉を全卵を通してくるまれた豚肉は、必要以上に分厚くも薄くもない適正な厚さ、揚げられたその外側はサクサク、中は数十秒の単位で正確にしっとりジューシーに仕上がっています。胡麻油の割合をどのくらいなのでしょう?テーブルに置かれた塩をひと振りして口に入れると後味に余韻として心地よく残る胡麻の香り、濃厚なソースをつけてもおろしポン酢もつけてもそれぞれに美味しく感じられます。添えられたちゃんと自分で漬けた漬物(柴漬け以外)とご飯に味噌汁。年齢のせいか「特」とついた大きさの食べ物はおなかに負担を感じるようになってきたのに、「特ロース」は揚げ物でもすっかり平らげられるほど満足のいく美味しさなのです。


地元にもそれなりに美味しいとんかつ屋さんはあるつもりでいたのですが、職人技は突き詰めればここまで到達できるのです。


私のように煮る焼く蒸す揚げるをそれぞれに駆使して、ヨロヨロとやっとコースを成立させる職人に比べると、一つ仕事に特化して精度をとことんあげている職人さんのすご技を同じ職人としてあらためて味あわせていただきました。


「いらっしゃいませぇ」という挨拶以外、お得意様でさえ「毎度ぉ」をつけるくらいしかせず、ニコリともしないご主人が、とんかつやキャベツはもちろんご飯の一粒も残っていない私の皿をちらっと見て、「ごちそうさまでした」の言葉に口元がほんのちょっとゆるんだのを見て、職人同士の心が一瞬触れ合った気がしたのでした。


こういう店が近所にある方々幸せだぁ。