跡継ぎ


「息子にこの仕事を継がせるべきかどうか?迷うんだよねぇ。これからの時代決して安定的に儲かる仕事じゃぁないから」とおっしゃるのは開業をされているお得意様のお医者様。


別の歯科医のお得意様も「昔のように積極的に息子に跡継ぎ薦める時代じゃぁないです」と言います。


理髪店を営むお得意様は「父の時代はまじめに商売していればある程度の贅沢もできました。今は家族が食べていくので精一杯です。子供に跡を・・・とは言えないですよねぇ」と言われます。



皆さんが口をそろえて「厳しい時代だ」「俺の跡を継げば一生食いっぱぐれない・・・とは言えない」さらには「この商売は私の代でおしまい」とおっしゃいます。



私の父の時代、戦争直後までは長男は親の仕事を受け継ぐのが当たり前でした。だれも疑問を持たずに魚屋の息子は魚屋を、大工の息子は大工になりました。私の頃には親は無理やり・・・ということはなくなっていました。現に私も一度も「跡を継いでほしい」といわれたことはありませんでした。でも、この仕事が好きでしたし、跡を継ぐことで得られるアドヴァンテージの大きさを充分に理解していました。実際、大きな財産を持たない一板前が、繁華街に土地を得て建物を建て、器もお飾りも調理設備もさらに大きなお客様や銀行からの信頼を得て料理店を開くことはかなりの高いハードルです。祖父や父の時代には地道な努力で時間をかければ可能であったのです。


今それだけのアドバンテージがあったとしても、料理店を引き継ぎ豊かな生活を維持することは至難の業です。料理屋もほかの商売同様とても難しい時代なのです。私も息子娘に「跡を継いでほしい」とは口が裂けてもいえません。よほどの強い意志と大きな希望を持って料理の世界に飛び込めるのなら・・・やっぱり前述の方々と同じ思いで跡継ぎに悩むのですね。