老舗の苦悩


しばらく前、同業の料理屋さんとご一緒に食事をしながら、食べ歩いた店のことなどお話をしていた時のことです。


「○○さんに伺ったときなんだけどね、仲居さんが”その鮎、美味しくないでしょ”っていうんだよ。びっくりしてね、”いえいえ、どんでもない、美味しいですよ”って答えると、”若(わか>若主人)が焼いてますからねぇ、美味しくないかもしれません”って言うんだよ」


私たちの間では名前の知れた老舗でのお話です。普通ならばこのクラスの超高級店では仲居さんがこういうお話を切り出すことはありえないことです。察するに「代がわり」の難しい時期であったのでしょうね。


老舗の料理店では父の代から息子に代が移ろうとするときに様々な葛藤があります。父と子の葛藤だけであればいいのですが、父の代からの板前、仲居にも話は及びます。若い主人は新しい風を吹き込もうと意気揚々と改革を進める。古い世代はこれまでの自分たちの積み重ねを否定されるようで対立する。父子だけでなく、高いレベルの仕事に誇りをもつ従業員も自尊心を傷つけられることに耐えられないのです。父親が子供の仕事に納得しても従業員がついてこないことも間々あります。


実を言うとそのお店での代がわりの難しさを私も風の噂に伝え聞いていたのでした。その後、このお店のさらなる躍進は素晴らしく、葛藤の末の代かわりは大きなハードルを見事に乗り越えたそうで、調理場、サービスとも若い力がみなぎっているそうです。


老舗が老舗であるためには必ずおとずれる試練の一つです。