備忘録として


すぐに書き留めるのを忘れてしまう読書備忘録。夏休みの間に積んであった何冊かを読み終えました。どれも秀作。


角田光代「あしたはアルプスを歩こう」
角田さんが直木賞を受賞する前後に二三本のTV番組を見て、「対岸の彼女」という作品と同じくらい生身の彼女の魅力に惹き込まれました。その一つがNHKBSで放送した角田さんがイタリアアルプスをトレッキングした番組。番組内で「しゃべることの苦手な私は書くことで自分を表すことが出来る」と語っていて、映像では素朴で寡黙な彼女がトレッキングを通してどんな文章を書かれるのかとても興味をもっていました。たまたま、再放送で同じ番組を見て、改めて手に取ったこの本、力のある作家の文章の魅力に打ちのめされた感じがします。番組自体もいい番組であったのですが、アルプスでの体験がより濃密に、より手触りのある実感として伝わってきます。多分番組を見ていなかったらその感覚は半分になったかも。番組、著作両方をみて三倍楽しめるシロモンです。


小川洋子「寡黙な死骸 みだらな弔い」
小川洋子ストーリーテラーとしての抜きん出た才能は「博士の愛した数式」を読んだ時から強く感じていましたが、短編を重ねて全体で一つのストーリーを作る構成力にもこの作品で触れて脱帽しました。



貫井徳郎「慟哭」
もしこの作品を出版直後に読んでいれば受けた衝撃は十倍違うかもしれません。少女殺人事件と新興宗教の二つをシンプルに絡めたサスペンスは、出版後のオウム事件や数々の幼児殺害事件が起こり、私たちが現実世界が小説よりもさらにさらに強烈であることを実感してしまってインパクトが薄まってしまいました。「事実は小説より・・・」の言葉はまさに今この世で繰り返されています。小説は現実の前にどうしたいいというのでしょう。



佐藤多佳子しゃべれどもしゃべれども
映画化されるこの小説をブックオフで見かけ、興味のある落語話、しかも「一瞬の風になれで」ファンになった佐藤作品となれば手に取らないわけにはいきません。私小説が氾濫する日本で、佐藤さんの取材力と題材を選ぶ目、作品化する綿密さ、取材した内容をどう料理するかという発想の豊かさはぴか一です。落語の世界を取材したからといって落語自体が題材になるのではなく、落語を様々な世代の男女が抱える人間模様を描くことのツールにしているのが素晴らしい。映画は果たして彼女ほどの想像力を映像で見せてくれるのか?