浜松は鰻


浜松と言えば鰻、と信じている全国の方々には申し訳ないのですが、昔有名であった浜名湖近辺の鰻養殖は衰退の一途をたどっていて、「浜名湖=鰻」ではなくなっています。さらに浜名湖で天然鰻がたくさん獲れていた事実はこれまでも全くありませんでした。


養殖が衰退してもお膝元であった浜松であれば鰻の名店は目白押しであろう・・・というのも、(大きな声では言えませんが)胸を張って「○○しかありません」「名店数軒の中からどちらを選びますか?」といえるほど成熟した鰻文化があるとは思えません。(もちろんそれなりにちゃんとおいしい店はありますが)



県外から予約をいただく際に「浜松ですから蒲焼を献立にいれてください」というご要望もよくありますが、蒲焼は蕎麦や寿司と同じように専門職にかなうわけがありませんので、「蒲焼は鰻屋さんで召し上がっていただいたほうがよろしいかと思います」とやんわりお断りをしています。「お前ン処でできなくて、超お奨め店もないならどうすればいいのさ!」とお怒りになっても笑ってごまかすしかありませんでした。



が、
灯台下暗し
先日伺ったうな正さんは、これまでの私の鰻の概念を壊してくれました。


よく知られているように、今鰻屋さんで饗される鰻のほとんどは養殖鰻です。外国産の鰻は別として、鰻の美味しさは同じ養殖であれば、料理の技術による差がほとんどであると、私も思い込んでいました。料理人としては、料理の美味しさの原点は食材にあるという強い信念を持っていますが、鰻にという分野についてはしかたのないことだと思っていました。


ところがうな正さんでいただいた天然鰻は(積極的に天然鰻を仕入れられています)鰻そのものの力強さを見事に引き出した目から鱗の逸品でした。肉厚の天然鰻は軽く蒸してあるだけで歯ごたえがあって主張している。今まででしたら蒸していない大ぶりの鰻の皮はゴムみたいに食べにくいと思っていたのに、むっちり感が旨みになっている。脂が乗っているに嫌味でない。これまで、関東風にしっかり蒸して柔らかくとろけるような鰻が鰻の最上と思っていた私には別の世界を垣間見るような瞬間でありました。この店の素晴らしいのは天然がなくても共水うなぎで同様な仕事をされていることです。


さらに漬物が素晴らしい。本来なら鰻が仕上がるまでに漬物でちょっと一杯・・・に必要な漬物が、とかくおろそかにされている鰻屋さん多い中で、うな正さんの漬物はそれだけで一杯が二杯三杯になりそうなくらいに充実しています。


蒲焼のこれまでの固定概念にとらわれている方にはお奨めしませんが、鰻という素材の主張をちゃんと味わうことが出来る方にはお奨めです。ご主人の若さと志の高さを考えるとこれからまだまだ発展していくのを見守っていくだけでもワクワクします。