サービスの要件

自分自身がそうですからよくわかるのですが、料理店で日本酒やワインを飲もうというときには、そのものの味を楽しむことのほかに飲み物にまつわるお話も楽しみたいという気持ちがたっぷりあるものです。


昨日のお客様、一組は年配の方々で白ワインのご注文です。
「このリストの中から知っているワインがいいなと思って見ていたんですが、“ムルソー”ってのがありますねぇ。どうなんですか?これ?」


すでに心は半分決まっているように見えます。ムルソーはご存知、でもコアなワイナーではなさそうです。


「アルノ・アントのムルソー1997は私どもにとっても特別なムルソーです。この年に初めて日本に数十ケース入ってきたムルソーで、最初に飲んだときの素晴らしい印象で、即、手に入れたものです。その数年後にメジャーなワイン誌の表紙を飾って紹介されたときには酒屋さんと共に喜んだものでした」と私。これ以上の味のお話や、ムルソーの地域性のお話、ヴィンテージの話は必要なさそうです。


と、奥様が
「そういう残り少ないワインは娘を嫁に出すような気分じゃないですか?どこでも娘婿ってのは憎たらしいって言いますからねぇ」と笑っておっしゃいます。


「いえいえ、お客様に喜んでいただいてこそのワインですから。そういえば、このアルノ・アントさん、まさに娘婿でして、ムルソー畑の娘婿に入ったアスノさんが数年で平凡なワイン畑を素晴らしく変革なさったんだそうですよ」と私、ワインをサーブしながらお話します。この少々のお話だけでムルソーはただ黙ってグラスに注がれるより数段楽しく感じられる・・・・といいな、と思うわけです。


もう一組のお客様は一年に1-2回名古屋からわざわざおいでいただく方々、おまかせをいただいてワインを選ばせていただきます。もちろん過去のワイン履歴はチェックして、あらかじめ何本かの候補を挙げておきます。


決まったワインはシャブリ グランクリュ レ・クロ1996 ドメーニュ・ヴォコレとジュベリー・シャンベルタン レ・コンブ1994 ドミニク・ロラン。


こちらのお客様はかなりのワイナーです。1996年のレ.クロの印象、熟成の色合い香り、ドミニク・ロランの新樽200%にまつわるお話。過去に飲まれたジュベリー・シャンベルタンとの比較のお話などなど。前のお客様とはお話の内容はがらりと変わります。


大事なことは、お客様のお持ちの知識よりほんの半歩先の情報と、お客様に合わせたストーリーを邪魔にならない程度でお話しすることです。お話が必要でない方には一言もいりません。その見極めがもっとも大切だと思うのです。訳のわからないお話をとうとうと語ってしまって失敗をした数々の苦い経験で、やっとこの程度に到達したような気がします。力のあるソムリエさんに接してみるとこの辺のさじ加減が見事であることが多いのです。教えていただいたことはたくさんあります。日本酒でも同じことを常に考えているつもりです。


ただ、リストに並べるだけ、だた言われたお酒を注ぐだけではお客様はついてきてくれません。