蟹
蟹は身をほぐして出すべきか、姿のまま出すべきか。
面倒くさいから、会話がなくなってしまうから、手が汚れるからきれいに身だけにして食べやすく出して欲しい。あるいは、自分で突っついて食べるから蟹は美味しいのだ・・・・。
あなたはどちら派でしょう?
開高健の「オーパ」というアマゾン紀行本の名著に、ドロ蟹を山盛りにしてむしゃぼる開高健氏の写真があって、この情熱があってこそ蟹は美味しいのだと思わせるキャプションがあったように覚えています。キリキリ冷やした白ワインなんぞを片手に蟹をむさぼるというのは野趣があっていいものです。
調理場サイドとしては、蟹の素材がよければ、姿をそのままこれ見よがしに「どうです、いい蟹でしょう」とばかりに説得力もあるように思えます。もちろん、身だけをほぐすことを思うと仕事も面倒くさくてなくて便利です。
ただ、「蟹を食べるぞ」という意気込みをもって、そのつもりで蟹のための料理屋にみえる方ならそういう趣向もよいのですが、私ン処のような店では考えもの・・・・というケースも考えられます。
接待などの大事な席では、蟹に集中して会話がなくなってしまうのは困まります。場合によってはどんなに美味しい蟹でも食べずに残されてしまう可能性もあります。上品に召し上がりたい方には、蟹は難物でもあります。
吉兆さんに伺ったとき、高麗橋でも嵐山でも丁度秋の頃だったせいか、先付けに渡蟹の和え物が出てきました。当然身はほぐして食べやすくなっていたのですが、その渡蟹がこれ以上はないだろうと思うほど上質のしっとりむっちりした美味しい蟹でした。並みの料理屋なら茹でた姿をそのまま見せないと値段をいただくことが不安になるほどいい蟹です。そういう蟹を当たり前のようにほぐし身でこれ見よがしでなく出せるのが、超一流たる所以なのです。
素材が飛び切りの蟹を殻のままでなくほぐした身だけを出せるかどうかは、店の資質と、お客様ごとの気遣いで変わるのでしょうね。
というわけで、
浜名湖のドウマン蟹です。
浜名湖特有の蟹で、味が濃く身がしっとりねっとりした美味しいものです。量が少なく稀少な品でもあります。当然高価です。
似た物はフィリッピンなどでも獲れるようですが、地物は格別です。
この地では、ドウマンは姿のまま出すのが当たり前、身をほぐして出すなど「お前、バッカじゃないの」と言われそうですが、明日の大事なお客様にはこのドウマンと浜北の柿、京都の京人参、熊本の水前寺海苔、茨城の三つ葉を和えたお酢の物にしようかと思います。
蟹缶、パック詰めの冷凍蟹とは違うぞ・・・・とわかっていただけるお客様なので。