筆力


いい日本酒、いいワインというのは、喉に引っかかることなくスルスルと水を飲むように身体に入っていくものなのですが、小説でも同じで、いい小説と言うのは概して読んでいることを忘れるほど気持ちよく心の中に響いていきます。


東野圭吾の「手紙」を読んでいました。


両親をなくし身寄りのない兄弟。兄は弟の大学進学のために盗みに入り殺人を犯してしまう。弟は食べるにも事欠く生活を送り、受刑者の身内を持つためにアルバイトでさえままならない。
天賦の才能を見つけた音楽もそのためにあきらめ、恋人さえ去らざるを得ない。


こう書くとお昼の帯ドラマの受難の主人公や、花登筺のドラマのようなのですが、安っぽく感じさせないのは著者東野の筆力によるものなのでしょう。


ところが後半に入ると受難ドラマは様相を変え始めます。表題の「手紙」が大きな意味を持つことがわかり始め、ただの陳腐な「世間の荒波に負けないぞ物語」ではなくて人間の内面に深く切り込んだものとなります。


これ以上夜の睡眠時間を削るのは絶対いやだと思っている私が、あと10ページ、あと20ページと読んでしまった久しぶりの小説でありました。